新潟地域文化デジ蔵セミナー開催
去る2002年3月14日、新潟市内のホテルイタリア軒にて「新潟地域文化デジ蔵セミナー」が開催され、当日は約60名の方々に参加していただきました。

◆新潟地域文化デジタル化研究会の発足について
  副代表幹事 五十嵐 由利子 (新潟大学教育人間科学部教授)

 この「新潟地域文化デジタル化研究会」は、昨年12月5日にキックオフいたしました。
 どんな背景があって、どのような目的でこの研究会が発足したか、最初にお話しいたします。
 現在の新潟県内がおかれている状況を見回しますと、過疎化による県総人口の減少と高齢化、また、“市町村合併”へ向けた協議会の推進、大型公共事業の取りやめなどといった大きな流れがあります。このような時だからこそ「地域を見直し、豊かな自然や地域の文化を活かして、地域の魅力をつくりだしていく」活動が、地域の活性化につながるものと思われます。
 その手段のひとつとして、研究会では地域文化の保存・継承のために「デジタル化」を用いることを提案しております。
 私は「住まい」のことを研究対象としていますが、新潟県には多くの豪農の館が残っています。これは全国的にも価値のあることと評価されていますが、これらの建物がこの先いつまでも保存されていくという保障はありません。住宅の造りだけでなく、そこで営まれた生活文化をデジタル化することで、多くの人が情報を得ることができます。そして、そのことにより、実際に訪れて、実物に触れ、感動や共感を生むことにつながり、現代の生活に時代を超えた豊かさの創出を可能にすることもあると思います。
 私の専門分野から例を挙げてお話しさせていただきましたが、「デジタル化」は、「地域文化」の記録から、さらに新しい物を創造していくことをテーマとしています。
 本日のセミナーをきっかけに、新潟の地域文化の保存と伝承を考え、デジタル化の有効活用に向けた「新しい波」が大きなウエーブとなって広がり、各地域で魅力ある地域づくりへ発展させていく原動力となりますことを期待いたします。


◆第1部:講演

[演 題] 国立国会図書館、東京大学におけるデジタルアーカイブの具体的な取組み
[講 師] 野中 治 氏 (富士写真フイルム 情報システム部)

「国立国会図書館(以下NDL)の明治期のデジタル変換」などをはじめとして国内の各種博物館・図書館・大学の収蔵する古文書の「デジタル化」を手掛け、紙文化財におけるデジタルアーカイブ事業の実務面におけるスペシャリストとして注目されている、富士写真フイルム情報システム部の野中氏にご講演をいただいた。

■国立国会図書館における「明治期刊行図書マイクロ化」事業
 平成元年にNDL所蔵の明治時代の書物をメディア変換の話があった。話の発端は(株)丸善が「120周年記念事業」として企画した「マイクロフィルム出版」のために、明治期刊行図書の全てを撮影するとのことだった。
 図書館側では、広く一般に閲覧はして欲しいが原本の保存も維持したい、よりよい条件を保ったまま閲覧に出したい、という意向があった。そこでマイクロフィルムで撮影し、それをデジタルデータとして閲覧などに活用するという提案をした。しかし、図書館側は「マイクロフィルム」と「デジタル化」に対して当初は不信感があった。何度もサンプル提示をして説明を続け、ようやく作業の了解がでた。
 結局、“保存は重視したい”が、しかし“利用も促進したい”という相反する悩みに対して、デジタル化を手段とすることで利便性が向上し保存も維持できることとなった。また「原本の補修」「図書目録の整理」を撮影と同時進行させることを条件に入れたことも図書館側のメリットとなった。明治期刊行図書は門外不出の古文書史料だった為、館内での作業が始まった。版権については、オリジナルフィルムはNDLに残し、一方、企画した(株)丸善はデュープからマイクロフィルム出版をするという条件が決められた。
 その後の綿密な工程管理とパソコンの利用によるデータ管理によって、16mmマイクロフィルムで1750万コマの撮影を完了した。一連の作業には、業者専任担当者はもちろん、多くのアルバイトを必要としたが、「貴重な文化史料の作業」ということで緊張感が持続し、アルバイトのモチベーションも高かった。

■貴重資料を後世まで残すには今なにをすればよいのか
 常に「オリジナルが一番、どうしてもという時にデジタルを有効的に活用しましょう」というスタンスで、“本物重視”の姿勢を提案の基本としている。「デジタル」は手段としてその特性を活かすものと考える。
 デジタル化するにあたっては、まず将来を見越したプランを立て、そしてそのためにどのペースでどこまでやるかを組み立てる。将来的にどうするかを決めてから技術的アドバイスを加え、「図書目録の作成」や「原本の補修」も含め検討していく。ネット公開などを視野に入れた場合、史料の公開に際しては著作権処理、二次使用権、プライバシー問題などをクリアにする必要が出てくるので要注意である。

■「時を越えて語るもの」企画展での薩摩国絵図展示について
 平成13年東京国立博物館の企画展示において、重要文化財の「薩摩国絵図」の原寸大レプリカを作成、あわせてその展示ブースも手掛けた。巨大な古地図を分割撮影しデジタルで合成、色調の補正も加えた上で原寸大に引き伸ばし、展示室の壁面を囲む“海”をイメージしたレプリカ展示とした。また、一部の古地図は床面に敷き詰め、実際に地図の上に乗って見えるような展示手法を取り入れ、比較対照となる原物も展示した。
 これら全ての古地図の再現には、「レーザーグラフィックプリント」を採用することにより、シャープネスの向上(拡大プリントしても国絵図の文字がはっきりと読める鮮明さ)と、色味調整の自由度が向上というメリットを引き出すことが出来た。この技術の採用によって、高画質で忠実な色再現が可能な上、デジタルデータ上での合成、色変換が容易になり、また最高400dpi出力により細部の表現が可能となった。


◆第2部:パネルディスカッション

[テーマ]

「地域万歳 ―地域の文化を見直し、新たな地域の財産を創造する―」

[パネリスト] 小林 正樹 氏 (伝統芸能を育てる会会長)
清水 重蔵 氏 (水の駅ビュー福島潟館長)
竹石 松次 氏 (BSN新潟放送メディア事業局長)
野中 治 氏 (富士写真フイルム情報システム部)
[コーディネーター] 田中 カツイ 氏 (ライフコーディネーター)

田中
 第一部の講演を聴いて、いくつかの技術的な発想・知恵と、江戸時代の命がそのまま現代へと繋がっていることを感じた。「新潟」という地方と併せて考えると、現代へと“引き継ぐもの”の重要さ・ありがたさとともに、“引き継ぐこと”への使命を感じ、「今、地域に暮らしている自分」も次の時代へつなげることの必要性を感じた。まずはじめに、パネリストの方々の現在の取組みとデジタル化に対する意見を伺いたい。

■各人取組みの現状・課題

小林
 栃尾市に伝わる四季の風景と、市内に多い「道祖神」などは地域の宝物だと思っている。市では「ブナの木を育てる会」も発足して、住民全体で地域に伝わる物を伝えていく活動が様々ある。また、栃尾には昔から伝わる「行事」も多く、年中様々な行事が開催される。その行事の中に「神楽」があり、「葎谷神楽」「菅畑神楽」「栃堀神楽」「新保広大寺神楽」の四つの神楽が今も尚伝わっている。毎年1月2日、葎谷では各家庭をまわって神楽を奉納している。
 私が神楽の保存に関わることになったきっかけは、十日町の赤倉小学校(当時全校生徒9名の学校)に赴任した校長先生との交流が始まりだった。十日町の神楽は400年の歴史がある神楽で、赤倉小学校でその神楽を授業に取り入れてみたところ、次第に子供たちが興味を持ち、不登校の生徒も一緒になって練習に励むようになった。
 赤倉小学校では、3本の教育基本方針を掲げ、「伝統芸能に教わる授業」「地域の年長者から食文化を教わる」「子供達とインドの人々との交流」というこの3つの柱を中心とした教育を実施し、神楽を覚えた子供たちが実際にインドへ行って神楽を披露したこともあった。
 こうした取組みを通じて、子供達だけでなく、大人も「神楽」から多くのことを学んだ。栃尾の神楽も同じ、今後継承することは様々な問題も含め大変ではあるが、本来神楽というのは春や夏の時期に催されるだけのものであるが、合同発表会などを通じて、今後は各地域との様々な交流を作り、伝承していきたい。
清水
 私の「福島潟」は、日本でも最大のオオヒシクイが飛来するところである。
 写真を通して活動しており、新潟の風景だけを撮りつづけている。その“新潟だけ”を撮りつづけた写真展を東京で開催している。「ものを売る」よりも、「文化を売る」ことを目的としている。そこでは展覧会の来場者に「日本の財産を預かっている」ことを訴え、同時に皆が預かる義務があり、守る義務は地方だけではなく都会にもあることを訴えている。


 私は「デジタル」よりも「アナログ」人間で、よほどのカルチャーショックがなければ取り組まないかもしれないが、これからは避けて通れない課題であろう。とはいえ、やはり基本は「人の心」であり、ビュー福島潟では、人間が応対する「あったかみ」を大切にし、“自然文化”をコンセプトにしている。「自然」と「文化」は車に例えると両輪である。「自然公園」というと自然科学だけが注目されるが、鳥の呼び名だけでも、その土地独特の呼び方があり、図鑑には載っていない呼び方が伝承していることもある。そういった、土地の文化と自然を守っていき、原物も残すことが命題であり、デジタルだけを先行させてはならない。
 博物館では、自然文化基金を創設している。“豊栄方式”を唱え、暮らす市民にも義務があるということで基金の使い道も市民で検討している。
 これから、地方自治体は「市町村合併」を迎える。地域の文化は合併の時代を迎えるからこそ、大事にしなければならないものがある。EUが合併する時に大事にしたものは何か、それは各国の「文化」であった。自分達の存在価値を「文化」においたからである。市町村の合併を迎えたとしても、各地域の文化は失ってはならない。
竹石
 私たちはジャンル問わず、全ての物を対象として、映像その他携わっている。
 昨年、新潟日報とJR東日本との共同事業で、映像ステーション「banana」を開設、新聞の“文字”と映像・ラジオの“電波”にITをミックスした情報提供を試みた。ラジオと夕刊の連動企画など、媒体の力を発揮して、新しいコンテンツやノウハウをデジタルも取り入れて活用していく。


 文化的な取組みでいうと、現在企画しているのが「相國寺・金閣・銀閣秘宝展」で、4月から新潟市美術館で開催する。そこでは、地元新潟とのつながりを求めた企画も連動させる。
 写真展やホテルレストラン(新潟の美味しさを堪能してもらう)との企画、古町西堀を中心としたお寺の宝物を公開する行事など様々な企画も実施予定で、これによる新潟市の活性化も狙いである。新潟にある文化、それも大事だが、国内にある文化との融合も図ることも必要だと感じる。これは、他を知ることによって自分を知ることのきっかけとなる。
 デジタル化によって、単に「モノ」や「情報」の流れをつくることではなく、「人のこころ」をどう結びつけるかということにも注目している。

■デジタル化とは何か、何をねらうのか。
田中
 今回のセミナーに際し、岐阜県からデジタルミュージアムへの取組みについての資料をいただいている。その中でも、「デジタルコンテンツの集積などを通して、若者・女性・高齢者の雇用拡大を図るとともに、地域文化の振興、情報産業等の発展に寄与する為・・・」という一文から、岐阜県がなぜこの事業に取り組んでいるのかということがひとつの理由として見えてくる。
 地域を見直す取組みが、デジタル化を手段にすることで多くの人の関わりを必要とするのである。
野中
 「原本を残すことがベスト」だと思う、ただしデジタルはどうしてもという時に有効的に活用することを提案している。デジタルの複製物を見ることで、本物に対してさらに興味を持っていただく効果が生まれる。ルーブル美術館でも、収蔵品をCD-ROMにして世界中に配布しているが、デジタルの作品群を見て、逆に「実物を見て見たい」とうことで多くの人が本物を求めて来館するものだと聞く。デジタル化は本物には敵わないし、本物が一番である。しかし、「手段」としては非常に便利なものであり、避けて通れないものでもある。

清水
 「手段としてのデジタル」には賛成する。来年からは収蔵庫のデジタル化をしたいと考えている。“デジタルの活用”“本物の良さ”両方を活かして、デジタルという単なる流行りでなく、本物との差を伝えていくものも必要だ。
竹石
 自分の地域に多くの素晴らしいものがあるのに気付かないことも多い。自分が何に感じるか「外に出てみて新潟(自分)を知る」ことも必要。そしてネットワークが大事である。デジタル化とはいえ、関わるのは人であり、「人のこころをどうつなぐか」である。
 また、著作権も要注意である。BSNでも膨大な映像資料があるが公開できないものも多い。資料として埋もれてしまうものが多いが、著作権の処理をしていないので、勝手に放映することは出来ない。
小林
 後継者問題も見逃せない。やはり、中山間地の過疎化・高齢化によって後継者は減少傾向にある。また、これまでにフィルムで残してきた映像もあるが、それらを再生する機会が無くなってしまう事などは、今後どうすればよいかと思案している。
田中
 先の清水さんの発言から、図鑑にある鳥の名前ではなくて、土地に伝わる呼び方なども見比べる中で大変な発見がある。「この地域に暮らしている、地域に自分が存在する」ということの意味を改めて実感することも大切。
 「デジタル化されたもの」と「原物」は相反するものではなく、補完しあうものであり、それぞれの機能を果たしていくのではないか。見直すことと、デジタル化に関しては、多くの人々が関わってくることになる。そこに「つなぐ人が居る」ことで関わってくる人々と、そこから生まれるプロセスが「地域文化の見直し」に繋がってくるのではないか。
野中
 私は紙文化財を中心に扱っているが、伝統芸能のデジタル化保存を相談されたことがある。実際に「記録する作業」には、地域の方々の協力も大切になる。ロケが進むうちに、地元の方々からいろんな意見が出てきて、みなさん協力的になってくださった。しかし、映像などをテープや映画フィルムに保存したとはいえ、再生する機械が残らなければ見ることができない。「保存」に対しては、長いスパンで考えていきたい。そのままが残るのがいい、それに近い手段を模索している。
小林
(後継者問題について)古くからある農事具民具なども作る人・使う人が少なくなって廃れてきている現状もある。映像や写真で残すことだけでは全ては伝えきれない。
清水
 今、豊栄市では神楽保存を3ヵ年計画で残そうとしている。やがてなくなるであろうことを想定するのではなく、実物も残るようにすることと併せて考えている。
竹石
 「人が介在する」ことがやはり重要で、「文化」をその土地でどう活かすのか、その地域でどう発展させるのか、どう守っていくのかなどは住民皆が関わること。
 地域の文化には無形文化財のような「形のないもの」を残す、また「有形のもの」もある。デジタル化はそのどちらも取り入れることができる。これはメリットである。
 県内の「棚田」も今は消えていこうとしている、“残すこと”も含めたデジタル化も考慮するべき。取組みの目的を明確化するべき。
田中
 前段は「見直す」ということでいくつか意見があり、後段は「新たな地域の財産を構築する」というところであった。最後に一言ずつ。
小林
 学校も週休2日制が導入され、地域を見直すような総合学習が求められるであろう。そこで神楽の実演のような事柄も子供たちには受け入れられるのではないだろうか。そして、それが将来的にはまた次の世代へと繋がる「伝承」となっていくものと考える。デジタル化による映像資料を残すことも併せて実物そのものが残ることも考えていきたい。
清水
 やはり「人が大事」。「温故知新」である。数ある新潟の文化を、今活かしていかなければならない。
竹石
 情報の共有化、そしていかに活用してゆくか。全ての人が共有する情報であるべき。その手段としてデジタル化は有効な手段である。
野中
 明治期の刊行図書の事業においてはデジタル化それ自体とそこから派生した補修や目録整理なども役立ち、結果として現代に活かすことができた。保存と利用を中心に考えたときに、今後もフィルムを介在してを将来の史料の「保存と利用」に寄与したい。
田中
 多様な課題をテーブルにあげたディスカッションとなった。  ワークシェアリングという言葉があるが、岐阜県の資料にもあったように、地域文化を見直すことと、デジタル化することを「雇用の場」と合わせて考えていくと、大いに地域の人びとを巻き込んでいけるものと考える。これには、若い世代と高齢者とのジョイント機能もあると思う。
 また、「人づくり」に関しては、“地域文化の新しい財産を創造する”ことに対して、自分の地域を見直す作業を通して、関わる人が各々“いい顔をして”取り組んでいられるような事業を展開することによって実現されるものであろう。

(以上)


2001©新潟地域文化デジタル化研究会